『神州纐纈城 上下』

神州纐纈城』という伝奇小説があるというのを知ったのは、浅学にして最近のこと。
時は戦国。霊峰富士の裾野に広がる密林を抜け、本栖湖湖上に聳える纐纈城。そこに住まうわ悪鬼羅刹の群れ。城主としか其の名を知られない仮面の男は業病を患い、その治療の妙薬を得るために、近隣の村々から人々をかどわかしては、その生血を絞り臓腑を食らうという。人の生血で深紅に染め上げられた纐纈布に導かれ、甲州武田家家臣土屋正三郎は、纐纈城を求めて旅立つのであった。国抜けの大罪人正三郎を追う、鳥刺しの高坂甚太郎、纐纈城城主の為に人の生き胆を練り上げる医師直江蔵人、その親友にして蔵人の悪行を勇めんと樹海を進む塚原卜伝、嫉妬の果てに気が狂い、駆け落ちした妻と情夫を殺さんと出会う男を見境無く切り殺す、三合目の陶器師などなどなど。これら目くるめく登場人物たちが、邪悪の砦纐纈城を中心に、数奇な運命の渦巻きに巻き込まれていくのであった。

神州纐纈城(上)
神州纐纈城(下)
登場人物の紹介をしているだけでワクワクしてくるのだが、この国枝史郎の手になる大正期の伝奇ロマンに、コミカライズという形で噛み応えのある血肉を二十一世紀平成の世に与えたのが、あの石川賢なのだから、こりゃあぁた、読まずにおらりょうか!
いやぁもう、凄い凄い。例によって例の如く*1の石川節が炸裂しまくり。纐纈城の家臣達は、例によってのフジツボが湧いた鬼みたいな石川節の産物なのだが、これを束ねる城主がオロカ面のそっくりさんで、地味ゆえにインパクトがあって不気味。鳥刺し甚太郎の得物は竹竿。この鬼どもの手を竹竿の一閃でブッタ切っていくのだよ。
纐纈城内の描写も素晴らしい。さらわれて来た者は、人心麻の如き乱れを見せる戦国の世にあって、高レベルでの衣食住を約束されている。だが月に一度のくじ引きで当った者は、纐纈布の染料として生血を絞られる。さらに其の中から選りすぐりの者は、城主の業病の薬として、生きながら五臓を抜かれるのだ。「纐纈城こそ極楽じゃ」と彼らは言う。例え一月でも、美味いもの食って柔らかい布団で寝られるのだからと。そしt、皆殺しになるわけではなく、運が良ければ楽な暮らしを続けることができるからだ。
地獄極楽紙一重。その安定した暮らしの裏では、様々な意匠をこらした絞り機がギリギリと人の生血を絞り上げる。苦痛の量と時間で染料の質は変化する。故、なるべく時間をかけて苦しみぬいた人間の生血は最上級の染料となるのだ。この殺戮絵巻は圧巻。なのだが、年を取るごとに絵から色気の失せている石川御大の描く地獄絵図、失礼ながら笑っちゃうんだよね。おっぱいあれどもエロスは無し。そういう意味では、恐竜帝国の生体実験場よりも罪の無い絵面である。ただひたすらに、伝奇バイオレンスの燃えを堪能できるという意味で文部省推薦マンガになるわきゃねぇか。



*1:魔界転生』でお馴染みだよね。