『怪力』

空美人プロデュース@吉祥寺シアター
こないだ観損ねた"SIMPLY BECAUSE IMITATION"から僅か一ヶ月で、また石橋けい姫の舞台が。直前で劇団サイトからweb予約でチケットを手に入れて馳せ参じる。
四角い古墳*1状にステージが構成されており、客席に向いた正面の辺には中央部に水門がしつらえられている。水門の上にはバケツが一つ。水が張ってあり、客入れの間は水滴のSEとともにポツポツと水雫が滴っている。このド真ん前が俺の席であった。最前列のド真ん中。初日なら関係者招待席のポジションである。正直、「いいのか?」と思ってしまった。
溝の部分は移動可能になっていて、舞台上下の配置はこの溝の中。なので、舞台奥にしつらえられたアーチの向こうの出入りと併せ、役者諸氏の舞台への出入りは立体的に行われる趣向になっている。なにげに金と手間の掛かった舞台装置だ。
物語は、「洪水」をテーマにしたオムニバス。謎の劇作家の手による、最低でも七ヶ国語が混在するが故、翻訳不能上演不可能と言われている戯曲『怪力』の世界初公演というメタなギミックが仕掛けられている。過去・現在・そして『怪力』のオーディションと三つの場面をそれぞれ一幕劇に仕立てるという、物語の構成も凝った芝居だ。
我等が石橋けい姫の役どころは、一言で言うと汚れ役。第一幕では、主人公の家庭教師にして、若き通訳を篭絡する妖艶な未亡人。第二幕では、台詞無き通行人の一人ではあるがファンとしては仰天のメイクが見られる。第三幕では、いささか天狗気味の大女優として、生々しい演劇界の舞台裏を垣間見せてくれるのだ。
以前から、姫は舞台女優に転向したほうが面白いと思っていたのだが、実際、舞台活動を精力的にこなしつつ、純然たる毒婦*2という難しくも意欲的な役に挑戦されている姿は、我が意を得たりと嬉しい限りである、不遜ながら。無論、好演している事は言うまでも無い。
うなじを隠す程度の長さの髪にわずかにウェーブをかけ、赤毛と見まごうばかりに明るく鮮やかな栗色に染められた姫のヘアメクも、新鮮で美しかった。衣装との色調の調和が見事であった。第一幕では漆黒の喪服に身を固め、ベールの付いた帽子の中に托し込まれていた髪が、ラスト近辺、男との褥の会話シーンではまとめることも無く振りほどかれる。純白のドレスとショールに映える鮮やかな髪は、正にアンナ・カレーニナ*3という女を象徴しているのであった。三幕目では、緑のドレスと補色のように映え、己が資質を最大限に活用するギラギラとした女優魂そのものの様であった。
さて第二幕では、先述の役柄上、白いブラウスにシックなロングスカートという出で立ちで、ごくごく普通の巷の若い女性のような印象を受けるのだから、これはこれで渋い芝居と言えるかもしれない。ただし、第二幕中盤で脇に周る出演者全員でステージ上方のキャットウォークに勢揃いして、ドイツ国家二番*4斉唱のシーンがあるのだが、この時、コーラスに参加する面々は全員口ひげを付けているのだ。一部カイゼルひげも混じるが、概ねチョビひげ。無論ドイツの記号としてヒットラーをイメージさせるギャグ演出である。ひげの着用は石橋けいも例外ではないのだ。あぁあああ。姫のカトちゃんペっ状態。笑っていいものかどうか、頭の中が真っ白になってしまったよ。

直筆サイン
頭の中真っ白と言えば、スゴイことがあった。舞台が終わって劇場の出口でけい姫本人に遭遇。ちょうど、姫ご招待のお客さんを送り出した直後のタイミングだったのだ。勿論、サインを貰ったさ。予めこんな事態になることが解っていたら色紙とサインペン用意したのに。。。。残念かつ失礼千万ながら、ボールペンで公演パンフにサインしてもらいました。
もし万が一、姫が拙文を目にされたなら、その節の失礼、平にご容赦下さい。


そういえば、お祝いに送られた生花がロビーに飾ってあったが、姫宛の花器に円谷一夫氏と手塚とおる氏からのものがあった。円谷プロはまぁわかるとして、手塚とおるは興味深い。以前、石橋蓮二主演の『リア王』で共演された時の縁*5なのだろうが、稀代の曲者俳優とまた何かお仕事をしていただけるといいなぁ。お二方のファンとし楽しみである。

*1:方形周溝墓

*2:遡れば、そもそも俺の石橋けいという女優との1stコンタクトが『シュシュトリアン』のイモリ男のエピソードだったのだから、この当時からこの種の役をこなせる演技力にうたれていたのであることよ。

*3:姫の役名。

*4:賛美歌/聖歌の何番だかと全く同じメロディ。中高校時代に散々歌った。

*5:観れなかった。。。。。